対話の向こうに見えるもの——ROUND TABLE 2020 レポート③
2021.05.18 / EVENT
3月13日から21日にかけて行われた、町工場とクリエイターによるコラボレーション・プロジェクト”ROUND TABLE 2020”の展示。「遊具―遊び心をくすぐる―」というテーマに対して3組のチームが各々に解釈し、ものづくりの新しい可能性を探求しました。今回のレポートでは、”ROUND TABLE 2020”の展示作品について紹介します。
プロジェクトの企画概要および3チームの作品概要はKOCAのラウンジで展示されました。展示台には概要説明と共に、手に取れるサンプルなどがチームごとに設置され、展示をめぐる前のスタート地点となりました。各作品はKOCAの屋外スペース、隣接するカフェ仙六屋、そして少し離れた工業地域である京浜島の3地点で展示されました。
まさに「ラウンドテーブル(円卓)」の形をした展示台
コラボレーション1 金子未弥×波田野哲二(ハタノ製作所)
《実在する人物の幻想的なノンフィクション》
金子さんは制作に際して「遊び」というテーマに向き合い、溶接職人の波田野さんの工場がある京浜島へ何度も赴き、島で働く人々の生活を知る中で、人生ゲームという「遊具」から着想を得ました。
KOCAと京浜島内2か所の計3地点を大きなすごろく盤のチェックポイントに見立てて、波田野さんにゆかりのある場所をボードゲームのようにめぐることができるよう作品を設置しました。
写真:「実在する人物」というのは、KOCAを経由して京浜島にて独立した波田野さん本人のこと。
京浜島へ行くには必ず2本の橋を通る必要があることから、「交通」や「公共」を想起させるガードレールや標識といった既製の工業製品を作品に利用しています。それらに手を加えていく制作過程はまさに遊び心に満ちたもので、波田野さんの作業場を訪れる人々の注目も集めていたようです。
-《ふりだしに戻る》
《ふりだしに戻る》は、取手つきの回転する三角形のガードレールが、巧みな溶接技術と塗装によって、あたかも既製品かのように見えてしまうオブジェです。ベアリングが中心に入っておりグルグルと回すことができ、夜には点滅する赤色灯が人々の目を引きます。独立創業する以前からKOCAで活動を行ってきた波田野さんにとって、この作品の展示場所のKOCAはいつでも戻って来られる「スタート地点(ふりだし)」であり、ここから「京浜島へ」と展示も繋がります。
-《AランチかBランチどちらかを食べる》
コンビニもなにも無い京浜島にはカフェや食堂など3つの食事を提供する場所があり、働く人々の支えになっています。金子さんと波田野さんはこの京浜島という、人々が黙々と働く「機械的な場所」でも、ご飯を山盛りにして昼食を楽しむような「人間的な部分」があることを作品で表現しました。《AランチかBランチどちらかを食べる》は、食堂から見える中庭に設置され、日替わりのAランチBランチを表すA/OR/ B、3つの回転するパネルが、今日はAとBどちらを選ぶのか迷わせます。
-《1回休み》
《1回休み》は、”注意”の矢印看板が四方八方に向いているチェックポイントです。この作品も風を受けて回ります。パイプに対して薄い鉄板を溶接するにはとても高い技術が求められます。実際にこの作品の前で昼寝をする京浜島の人もいたそうです。
コラボレーション2 灰原千晶×尾針徹治(ムソー工業)
《実験AtoE》
ムソー工業は開発中の新素材の特性を調べる材料試験のために使用される「試験片」の製造を行う工場です。「材料試験をモチーフとした作品をつくれないか」と、灰原さんはムソー工業の仕事について深い理解を重ね、「ものづくりのための破壊」や「トライ&エラー」といったことを、触れて観察して楽しめる5つの遊具として表現しました。AからEの作品タイトルは、材料試験を想起させるような学術的で難解な言い回しで名付けられました。
《A.アルミミラーを複製したガリウムの溶解観察》
元々ムソー工業で制作していた「アルミミラー」という円筒状のものの中を調べる際に活用されるものから着想し、ガリウムという「体温でとけてしまう(融点28.5℃)面白い金属」を円錐形に加工しています。パイプが延びる先のドライヤーを起動すると、温風がガリウムを溶かし、金属のしずくが滴る珍しい様子を観察して楽しめます。
《B.大田区自転車シャルピー試験機(小)》
「シャルピー衝撃試験」を模したこの作品は、ハンドルを回すと歯車で連動する自転車の車輪が回るとともに、ハンマーが頂点に達する頃に歯車は途切れ、ハンマーが振り落とされます。「ガガガ…」と歯車が噛み合う様子を観察でき、その重みを手で感じられるため、来場者は何度もハンドルを回していました。
《C.酸素濃度の差異による腐食進行速度の違いの観察》
溶接が施された金属の塊が、二つの水槽の中で酸化腐食していく作品です。はじめは虹色の光沢を持つ金属の塊が、時間の経過とともにまるで木片のような見た目に変わります。片方の水槽では水草が光合成で酸素を排出するため、酸素濃度の高いこちらの方が酸化腐食も早いとされています。船のように大きな構造体は溶接なしにはつくれず、溶接部分の強度を調べたいというニーズが常にあるそうです。
《D.等しい体積の異種金属板の落下衝撃試験及び14ポンドのボーリング球を用いたはんだのクリープ試験》
「落錘試験」と「クリープ試験」、2種類の材料試験がモチーフの作品です。はんだによって吊り下げられたボーリング球は、体重計がトリガーとなって動くはんだごてによって切られるか、時間経過で伸び切ったはんだが自ずと切れると、金属板に垂直落下します。その衝撃によってどの程度金属板がへこむか見て取ることができます。金属板はニッケル・アルミ・鉄・ステンレス・銅・真鍮と、大きさと板厚が等しい異素材で用意され、材質によりへこむ度合いが異なります。運良く落下の瞬間に居合わせた人はその衝撃と轟音を体験できたかもしれません。
《E.等しい体積の異種金属球体における位置エネルギーの観察》
様々な同形の金属素材からできた球が傾斜のついた溝を転がり進みます。途中で止まった場合、そばに置いてある磁石で鉄の球を探し出し、コースの裏から誘導することで、磁石にくっつかない鉄以外の球も押し転がして遊べます。鉄の他にはステンレス・真鍮・アルミ・チタン・銅など、新たな球が会期中に増えていきました。鉄とステンレスは磁石を近づけないと見分けがつかず、アルミは軽さが他とは全く異なっていたり、多種多様な金属の違いを見て触って感じることができる作品です。
コラボレーション3 小松健太郎(CEKAI)×米竹真央(エヌアンドエヌ)
《積みg(つみグラム)》
身の周りにある身近なものとその重さを展示。
《積みg(つみグラム)》はサイコロを2つ振り、モチーフとグラム数を決め、「見た目は同じだが重さが異なる積み木」を手にのせて重さを判断して試行錯誤しながら、お題のモチーフをぴったりのグラム数でつくっていく遊具です。遊ぶうちに手に持つだけで5グラム単位の違いが分かるようになり、町工場の職人が身に付けているような「ものづくり神経」が研ぎ澄まされていきます。
「子供に遊んで欲しい」と展示台も低く設定され、遊び方も簡素に説明。パネルなど展示全体もポップな印象に統一されています。
このチームは遊具メーカーKOTOBUKIへのヒアリングで得た「遊具には子供たちの身体(運動神経)を育む役割がある」という知見と、大田区の製造業における「ものづくりの技術を継ぐ次世代が減っている」という課題感を合わせた「”ものづくり神経”を養う遊具」というコンセプトを考案しました。協力工場の職人達へのヒアリングでは、職人は「目で見て長さが分かる」「手で触って厚みが分かる」「手に持って重さが分かる」といったように、身体感覚が優れていると分かり、その身体感覚を「ものづくり神経」と名付けました。エヌアンドエヌの熟練の職人が汎用(手動制御)のフライス盤と旋盤を使い、積み木に穴を空け真鍮を入れ、重さの違う積み木を製作しました。削った量と入れる真鍮のバランスが大事で、なんと0.01g単位の精緻さで製作されました。
子供も大人も童心のまま夢中になります。
展示会場の仙六屋さんは日頃から子供連れのお客さんも多く、子供をメインターゲットとする積みgにはこの上ない会場でした。仙六屋さんも「ROUND TABLEをきっかけにお店に来てくださった方も沢山!」とのこと。
ROUND TABLE 2020の展示を振り返って
嵐のように過ぎ去った(実際に雹も降った)9日間の展示でしたが、クリエイターの思考の深さや工場が持つ技術の高さ、またこのコラボレーションが厚い信頼関係の上に成り立つことなどが伝わってくる展示でした。三者三様のテーマ解釈と表現が生まれましたが、クリエイターと工場の間で多くの対話による相互理解や、大田区という地域への探求と理解があったことは、皆に共通するプロセスです。ここで培われた参加者同士の絆と同じく、ROUND TABLEが今後も続いていくことを期待して止みません。
文:Counterpoint/瀧原慧