福田屋のクリームモナカを継承する——仙六屋が街にしかける小さな開発

2020.08.28 / REPORT

梅森プラットフォームにオフィスを構え不動産業を営む「仙六屋」が、新たにカフェ営業をスタートさせた。今回、代表・茨田禎之さんとカフェスタッフ・大野玲子さんに、飲食業を始めたきっかけや、人気商品である「福田屋クリームモナカ」の商品開発についてうかがった。


仙六屋カフェ

——まずは「仙六屋」についてうかがいます。どのような会社なのでしょうか?

茨田:地域の不動産をあつかうエリアマネジメントの会社です。所有する物件を街にとってひらかれたかたちでリニューアルしながら、街の価値を少しずつ高めていく活動をしています。今回、京急さんとのプロジェクトである梅森プラットフォームが開業するタイミングで、われわれも拠点を高架下に設けることになり、名前を「仙六屋」と改め、新たに飲食業もスタートさせました。

——なぜ飲食業を始めようと思ったのですか?

茨田:@カマタのメンバーの一人として梅森プラットフォームの立ち上げやKOCAの運営に関わるなかで、ここで取り組んでいることをより広く地域の人に知ってもらいたいと思うようになりました。KOCAではものづくりから街のイメージを変えていくことを目指していますが、なかなか地域の人からは見えづらいですし、効果が現れるまでは少し時間がかかると思っています。もちろん時間をかけてだんだんよくなっていくことを願っていますが、私もいち地域の人間として、オープンの段階で地域の人がワクワクできる状況をつくりたかったんです。そこでこの高架下での取り組みを街の人にわかりやすく伝える場所として、カフェをやってみようと思いました。
エリアマネジメントはできるだけ多くの人に貢献しなければなりません。物理空間やコンテンツをしっかりつくることは大切ですが、人間関係やまちにたいする考え方を示していくことも同様に重要です。そのためにも、街に暮らす人との関わりかたの幅を広げる意味で、間口が広いカフェに挑戦してみたいと考えました。

——カフェをつくるにあたって、内装や雰囲気など気をつけたことはありますか?

茨田:人情あふれるような雰囲気がいいか、少し気取ったほうがいいのか、けっこう悩みましたが、梅森プラットフォームのコンセプトがものづくりなので、あえて店内には植物などはあまり置かないようにしています。居心地を植物に頼らずに、人がつくったものだけで達成できたほうがいいと考えて内装や家具は選びました。それは梅森プラットフォームのコンセプトとも連続していて、やはりここの取り組み全体の意義をどう街の人に伝えていけるかという問題意識からきています。


かつての福田屋での光景[写真=久富俊裕]

——看板商品であるクリームモナカについてうかがいます。廃業された老舗甘味処・福田屋の看板を引き継いでいるそうですが、どのような経緯があったのでしょうか?

茨田:実はそれもカフェを始めることになったきっかけの一つでした。当初、飲食店は候補の一つにすぎなくて、当面は不動産業の拠点としながらイベントを企画してスペースを利用していくことを考えていましたが、ちょうどそのときに福田屋さんが廃業しつつあることを知りました。私も地元の人間として福田屋のクリームモナカを買い続けた一人です。今後一生涯福田屋のクリームモナカを食べられないのは個人的にもショックだったので、だったら自分たちで飲食店を始めて、福田屋さんを何らかのかたちで継承できないかと考えました。そこで知人を介して福田屋さんを紹介いただいて、のれんを引き継げないかの相談にうかがうことにしました。


閉店後のシャッターに貼られた利用者からの感謝の声

——すぐに許可はもらえたのですか?

茨田:非常にありがたいことに認めてくださいました。相談に行くとすぐにつくり方を教えようとしてくれるので、後日あらためてレシピと機材をお譲りいただき、何らかのかたちで福田屋の看板を使わせていただけないか、お願いをしました。そうしたら「名前が残るだけでもありがたい」とおっしゃってくださいました。譲り受けた機材は少し離れたところにある自社物件に運んで、現在はそこを工場にして生産をしています。

——どのような機械だったのですか?

茨田:もともとアイス製造機械としてメーカーから購入したものだったそうです。ですがそのメーカーはとっくに廃業していて、長い間地域の町工場の手を借りながら自分たちでメンテナンスしてきたそうです。私たちはその町工場のネットワークごと引き継いで、新しい工場への移設を進めました。廃業を決めてからだいぶ時間もたっており、錆つきも多くかなり痛んでいたので、基幹部分の錆を落として油を差し動くようにして、足りない部分は新たにつくり直しています。今のところなんとか動いていますが、メーカーオリジナルの基幹部分には相当ガタがきているので、設計図を起こしてつくり直すための見積もりまでとっているところです。


福田屋から引き継いだアイス製造機

現在の生産量であればこのままだましだまし動かし続けられるかもしれないですが、できればもっとたくさん売りたいですし、長く残していくためにもプロジェクトとしてもっと大きくしていきたい。そのためにはどこかで設備投資が必要だと考えています。ゆくゆくは味のレパートリーも増やして、より多くの人に楽しんでもらえるようにしたいと思っています。


仙六屋が受け継いだ福田屋のクリームモナカ

——クリームモナカにたいするお客さんからの反響はいかがですか?

大野:コロナの影響があって4月には一度休業しましたが、その後、段階をふみながら再開をしてきました。そのなかで福田屋の看板を通りに向けて出すようにしたのですが、そこから急に街の人に気づいていただけるようになりましたね。「昔よく通っていたんです」とか「福田屋なくなったと思ってました」とか「福田屋引っ越したんですか」といった声をいただきました。最初の1カ月はあらゆる質問がきて、そして徐々に浸透していったように思います。

——それほど福田屋さんはこの地域で愛されていたんですね。

大野:そうですね。複数人で来店されてクリームモナカ一つだけをオーダーされるお客さんもいて、ちゃんと福田屋の味を継承できているのか試されているようで気合が入りました。その都度できるだけお客さんと会話して経緯を伝えるようには心がけています。クリームモナカをきっかけに来ていただいた方に、お店としても気に入ってもらえたら嬉しいです。

——コロナの影響はいかがですか?

大野:梅屋敷という街が待機する側の街、帰ってくる側の街なので、遠くへ出かけられないなかで近所の方が息抜きに来られることが多いように感じています。仙六屋はスペースが広いので、室内の席数を減らしてテラス席を用意することでソーシャルディスタンスを確保することも難しくありませんでした。換気もしながらかなりゆったりとした席の配置で営業ができています。日常のなかにあるカフェとして利用してもらえる店にできたらと思います。少しでもよい環境にしたいと思っていますし、可能な限り安心して過ごしていただけるような用意をするのが私たちの仕事です。


仙六屋カフェのテラス席

——最後に今後の展望についてお聞かせください。

茨田:まずは飲食店として経験を積みながら、福田屋のアイスを残していくことが足元の課題です。KOCAの認知をもっと広げて飲食店のサービスが整ったら、仙六屋の本業であるエリアマネジメントにつなげていきたいです。われわれは小さな開発(マイクロデベロップメント)と呼んでいますが、不動産のハード面だけではなくて、アイスを継承していくことも開発の一つと捉えて、ハードとソフトを組み合わせながら新しい街の風景を実現していきたいと思います。福田屋の看板がある風景やKOCAでのものづくりの風景をまずはしっかりと街に見せていくことが必要です。そしてそれらが人生の断片として地域の人の記憶に織り込まれていくことができてはじめて街ができていく。街はそうした記憶の集合だと思います。

[聞き手・構成=和田隆介]