相手のことを知ることからはじまる、KOCAの「新しいものづくり」

2020.08.18 / REPORT

KOCAで大田区のものづくりを盛り上げる

私、瀧原慧(タキハラケイ)は大田区で約60年続く鈑金加工工場の跡取りとして、未来の大田区のものづくりをより活気あふれるものとするため、KOCAのオープン直後より入居者の一人として様々な活動を行っています。

例えば「こんなものがつくりたいんだけど、工場でつくれませんか?」というクリエイターやデザイナーの相談を受け、予算感・納期・製造図面やそれに準ずる図画などの情報を整理した状態にすることで両者を繋ぐコーディネートや、自身でもプロダクトの開発を行っています。

私が「KOCAで活動をしています」と言うと地域の人や工場関係の人から、予想以上にKOCAが周知されていることや、ここで起きるものづくりやイベント等の取り組みに対して期待の眼差しを向けられていることに、いつも驚かされたり背筋が伸びる気持ちになります。

そんなKOCAがオープンして1年が経とうとしていた時期に始まったのが「KOCAクラブ活動」という取り組みです。


実際の町工場の中を見たことありますか?

自発的にはじまったものづくりの部活

「KOCAクラブ活動」とは、KOCAの入居者の間で「何かKOCAの皆で町工場の技術を使ったプロダクトをつくりたい」と自発的に始まった商品開発プロジェクトです。

「クラブ活動」というのは、普段の仕事としてではなく、あくまでも余暇的な楽しみを持ってものづくりをしようという思いが込められています。

KOCAクラブ活動がはじまったきっかけの一つとしては、昨今、日本各地で地場の秀でた技術をデザインの力によってとらえ直し、プロダクトに落とし込んで販売まで製造業者自身が積極的に関与するB2CやD2の事業形態を意識した活動が盛んであることが挙げられます。

いくつか例を挙げると、行政との連携で興味深い取り組みを行っているのは、「新規部門」と「継続部門」の2つのカテゴリーでデザイナーを公募し、メーカーとデザイナーの良好な関係を醸成しながらコラボレーションを行う「つなぐデザインしずおか」が好例です。

工場主導では、横浜市の金属加工会社がデザイナーと協働しミラノサローネへの出展も果たした「Yokohama Makers Village(YMV)」の活動も注目が集まっています。

また、日本各地や海外のプロダクト・サービスを一堂に集める現代版「楽市楽座」を主催している「JAPAN BRAND FESTIVAL」など、ローカルプロダクトを創造することや、見つけて選び楽しむこと、いわばクリエイターとユーザー両方の側面から「新しいものづくり」へ期待と注目が集まっているのです。

KOCAにはそのような新しいものづくりに共感し志向するプレイヤーたちが集まっています。

インダストリアルデザイナー、建築家、コーディネーター、職人、デバイス開発のエンジニアなど、多業種にわたる人的ネットワークが既にこの一年間で培われてきました。

それは入居者だけに限らず、イベントや仕事も含め、この場所にかかわる多くの人々とポジティブな関係性が築かれています。

コロナ状況下で始まったクラブ活動

自発的な企画だけあり、参加メンバーはすぐに集まりました。

SlackにてKOCA入居者へ呼びかけ、加えて、日頃KOCAと交流のある大田区の若手の職人・事業継承者への呼びかけが行われました。

若手職人の交流会でもSlackを活用していたため、全体の連絡手段の統合もすんなりと行うことができ、結果として現在KOCAクラブ活動のSlackチャンネルには20名が集まっています。

活動が本格化したのは今年の3月初頭で、新型コロナウィルスの影響から現在まで活動は主にWeb会議アプリのZOOMを活用して行われています。

ZOOM会議はほぼ週に1度、金曜日の夜に行われてきました。

実物のプロダクトをつくることが目的ですが、遠隔で様々な取り決めが行われているというのもまたある意味で「新しいものづくり」のかたちと言えるかもしれません。


ZOOM会議の様子

この活動が目指す「新しいものづくり」とは

さて、ここでKOCAクラブ活動の志向する「新しいものづくり」とは何なのかを今一度記しておきたいと思います。

前述の通り、工場とデザイナーの協働による製品開発自体は真新しいものではありません。

私たちの活動の特色として挙げられるのは、コンセプトデザインや製造のみならず、その後のブランディングやECサイトの設立などによるチャネル(販路)開拓など、全ての工程をメンバーの誰かに依存せず、専門外の新しいことに対しても皆で積極的に関与し学んでいこうという基本姿勢にあります。

それぞれ異なる専門性や役割を持つ人が多く集まり、受発注による役割分担の関係性を超えて工場やデザイナーが協働でものづくりを行うというのは面白い試みであると信じています。

「工場の外」でもできること

KOCAクラブ活動のZOOMミーティングには、常時10人前後のメンバーが参加しています。

日中の工場勤務もあり毎回は参加できない職人さんも、Slackでの情報共有を踏まえ、スポット的に参加してくれました。常に参加できない人でも自由に出入りができるのがいかにも”クラブ活動”といった感じで、私はこの雰囲気がお気に入りです。

ミーティングは普段の仕事やこれまでの実績紹介などを交えた自己紹介から始まり、「どんなものをつくりたいか」のアイディエーションを行いました。

ミーティングの都度、次回への宿題をメンバーに課し、Googleドライブにて宿題の資料を共有し、全体共有の場としてZOOMで発表や議論を進めていきました。

これだけの人数で多くのオンラインツールをスムーズに導入し活用できているのは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が叫ばれる製造業にとっても明るい材料なのではないでしょうか。

一度「工場」から離れて発想する

アイディエーションにおいて気を付けたことは、コラボレーションの性質上、工場の要素技術や金属素材の活用を念頭に考えてしまいがちなのですが、自由に自分の希求を大切に発想することを心掛けました。

すると、音響機材、キックボード、コロナ状況下から着想を得たPC周り、食卓やキッチン周りのアイテムなど柔軟なアイデアが出たのです。

その共有過程では、デザイナーはスケッチや写真を並べたイメージボードによるビジュアル共有を行ったり、工場発製品の先行事例からの意見や、「ライフスタイルの提案はどうか」など、多様な立場や知見が活かされた有意義な議論を重ねることができました。

最終的には「現状市場には使いたいと思えるプロダクトが少ない」「工場技術が生かされる要素が多くある」「付加価値を持った高単価が期待できる」「メンバーのデザイナーや建築家が過去に手掛けた経験・実績がある」などの理由で照明をテーマに商品開発を行うことに決まりました。

3つのチームによる照明プロダクトの開発

テーマが決まってからは再度照明に絞ったアイディエーションを全体で行い、その後、デザイナー・工場・コンサルタント(主にブランディングやマーケティング担当)の大きく3つの分類でメンバーを分け、3つのチームが生まれました。

①鈑金加工という汎用性や他の技術のとの親和性の高い技術を活かして、照明の専門家と今までに無かったような照明をつくるチーム

②工場の職人は日常的に触れているが、そうでない人から見ると面白く思える様々なマテリアルから着想を得て、溶接技術によってそれらを再構築した照明をつくるチーム

③大田区の「専門特化型町工場」の技術を活かした自社プロダクトと、大田区の町工場文化である「仲間回し」によって様々な要素技術を結集した照明をつくるチーム

チームごとの活動ではメンバー間で対話を重ね、各々の役割やスキル、そのメンバーの持つコンテキストなどに対して理解を深めながらプロダクトを模索しています。

KOCAクラブ活動を通じて、お互いの仕事に対してリスペクトを持ち、新たな視点からその仕事を見つめ直してもらうことはとてもいい機会となっています。

リアルな町工場を知る。「想い」を知る

3チームの中でも工場見学を通じて、チーム内での相互理解を深めたチームがあります。

③のKOCA入居者であるデザインユニットYOCHIYAと小径の旋盤加工を得意とする大田区の町工場である矢澤製作所の矢澤さんが主導するチームです。

前者のYOCHIYAは溶接工の波田野哲二さんと町工場発の工芸品である茶筒”SUS 50A”を開発したところで、後者の矢澤製作所は現代美術作家田添かおりさんとの精密自動旋盤の技術を活かした”Small Factory Ring”プロジェクトで、国内外での展示会出展や販売実績があります。


矢澤製作所さんでの見学の様子。普段は中々見られない町工場に興味津々

YOCHIYAとしては矢澤製作所の持つ技術でどのような照明をつくれるかを探ろうと意気込み見学に臨んだそうですが、一方で矢澤さんは当初から「自社の挽物切削技術だけで照明器具を製作することは難しいのでは」と考えていたそうです。

実際に工場見学を行ったところ、YOCHIYAは「どれだけ小さい穴を空けられるのか」「アシンメトリーな形はつくれるのか」「球状のものがつくれるなら、ミッキーマウスのような形は可能か」など、現場で生じた多くの疑問を矢澤さんとの質疑応答によって解消し、実際のイメージをつかみ、矢澤さんの懸念も理解することができたそうです。

そこでこのチームは大田区での「仲間回し」によって照明をつくることと、矢澤製作所の技術活用に特化したプロダクトの両方の開発を進めることに決めました。

またその後のチームでの話し合いで、YOCHIYAは町工場の事業承継者である矢澤さんから、世界から見た時の日本の製造業の立ち位置や、いまだにFAXが主流の工場も多いほどにDXが進展せず若手やIT人材の流入が少ないこと、それらの現状を変えていくための取り組みの一つがSmall Factory Ringであることなど、矢澤さんのKOCAクラブ活動に寄せる期待や経営ビジョンについても共有を深めました。

コラボレーションにおいてはこのような「想い」をメンバー同士で共有することもプロジェクトの推進力となります。

KOCAクラブ活動は今後も引き続きプロダクトの開発を行います。現状でもいくつかプロトタイプができている状況ですが、今後は販売促進の一環として展示会への出展や、KOCAのプラットフォームとしてのECサイトの構築などを検討しています。

チームに分かれての活動を始めてからも新たなメンバーが加わっているので、KOCAクラブ活動に参加したいという方は是非とも御連絡を頂ければ幸いです。

(文・瀧原慧)